雑記➈すぐに答えが出ないことをあいまいなまま持っていられる胆力がほしい

2026.09.07

すぐに答えを求めてしまうこと、

その話の要点は?と聞いてしまうこと、

いかに短時間で多くをさばいていくか。

 


本当に「多く」は存在していて、

最終結論と直結するルートがそんなにすぐ見つかるほど物事は単純なのか?

 


 

土の中の環境を良くするためには、「これだけやっていればよい」という明確な答えがあるわけではなく、日々の暮らしの中で注意深く観察をし、私の中で生まれた仮説を試し反応を見ることが、時間と労力はかかれども結果的にちゃんと過程の理解をして積み重ねた結果という意味で、一番の近道であるのでは。(という仮説)

 


庭のことに限らず、建物のことしかり、生き物のことしかり、それぞれにプロフェッショナルはいらっしゃるが、一番その事柄に触れる時間の長い「私」の観察に基づく直観は、結構ないがしろにできないことなのだと最近気づく。

 

一般的にはそうなのだけれど、この条件下でこの性質の、この局面で起こったちいさな変化はもしかしたら「一般的」にはあてはまらないのかもしれない。

 

すぐに答えが欲しくて、さらにはその解決策がほしくて、ついプロフェッショナルの人に「で、結論は!?」と迫ってしまうことがよくある。

その時にたまに感じる相手からのちょっとしたとまどいは、おそらく「一般的にはこうだけど、今回がそうかは断定できない」だったのかもしれない。

 


テクノロジーにより自分のできることが「一般的」に増えている、変化の速いこの現在地で、自分が本質的に持つ身体感覚や五感を手放さずに、わからないものをわからないまま持ち続けたまま、観察をしつつプロフェッショナルの知識・経験と照らし合わせて最適解をさぐることで、気づいたら答えらしきものに近づいているかもしれないしそうでないかもしれないけれど、とにかく進める。

 

この曖昧さをもちながら進んでいられる胆力がほしいなとふと思ったよ、というひとりごと。

 

土の中の環境ワークショップ**毎月第一日曜日に、京都の大宮交通公園で土の中の環境を改善する少人数での活動にのんびり参加しながら、落ち葉や土を触りながらおしゃべりしたりぼんやりしたりしています。興味のある方はどなたもご自由にお越しいただけるとみんな喜びます!